航空気象学における前線:その定義と対処法

前線の基礎知識

前線の定義

前線とは、対立する気団が接触している境界面のことを指します。この気団とは、気温、湿度、気圧、風向・風速などの要素が異なる空気の集まりを指します。前線は、異なる気団が衝突することによって形成されます。

気象学では「前線は天気の運び屋」と呼ばれるほど、前線によりいろいろな雲や降水がもたらされるからです。「前線」という言葉は、ノルウェーの気象学者が「2つの気団の境界線」という意味で使ったのが始まりです。理論上は、前線は幅を持たない幾何学的な線となり、前線を境に「気温」「密度」が不連続に変わります。

形などが法則にのっとっており一定のパタンを持っているさまなどを意味する表現。

Weblio辞典

「気温」は、前線を境にある幅を持って遷移していくため、地上天気図では、「前線」と「等温線が密集している帯」が重なります。

前線は、気象現象の発生に大きな影響を与えます。暖かい空気と寒い空気が衝突すると、前線沿いには様々な気象現象が発生することがあります。例えば、対流性前線では積乱雲や雷雨が発生し、非対流性前線では広がりのある降雨や、前線通過後の風向きの変化が見られることがあります。また、前線が停滞することによって、数日にわたって降水や曇りが続くことがあります。

航空気象においては、前線はパイロットにとって危険な気象現象の一つとされています。前線を横切る際には、突風や乱気流、降水量の増加など、様々なリスクがあるため、パイロットは適切な対策を講じる必要があります。また、前線を通過した後には、風向きの変化によって滑走路の使用方向を変更しなければならないことがあります。

前線が引き起こす気象現象の概要

前線が引き起こす気象現象は、前線のタイプや気団の性質によって異なりますが、一般的には以下のような現象が起こります。

  1. 積乱雲・雷雨:暖かい空気と寒い空気が衝突することで、上昇気流が発生し、積乱雲が発生することがあります。積乱雲が発生すると、雷や雨が発生することがあります。
  2. 強風:前線通過時には急激な気圧の変化が生じることがあります。そのため、前線が通過するときには突風や強風が発生することがあります。
  3. 降水量の増加:前線が通過するときには、雨や雪の量が急激に増加することがあります。これは、前線に沿って上昇気流が発生し、空気中の水蒸気が凝縮して降水となるためです。
  4. 雲の境界:前線は暖かい空気と寒い空気の境界であるため、前線沿いには明瞭な雲の境界が現れます。また、前線が停滞しているときには、雲が長時間広がることがあります。
  5. 渦の発生:前線の通過時には、空気の流れが不安定になることがあります。そのため、小さな渦が発生することがあります。これらの渦は、航空機にとって危険な乱気流となることがあります。

前線のタイプや気団の性質によっては、これらの気象現象が強く現れることもあります。そのため、パイロットは前線の通過時には十分な注意を払う必要があります。また、前線が引き起こす気象現象を正確に予測するために、気象学的な知識が必要となります。

前線の種類と特徴

温暖前線(Warm Front)

温暖前線は、暖かい空気が寒い空気を押す(または、寒気の下に入り込むこと)によって形成される前線です。天気図では「赤の実線」で記されます。温暖前線の主な特徴は以下の通りです。

  1. 降水範囲が広い:温暖前線の前線面の傾斜は比較的緩やかなため、雲が広範囲に広がる傾向にあります。そのため、多くの地域が温暖前線による降雨・雲の影響を受けます。(降水範囲は、約300km程度)
  2. 雲の種類:温暖前線が通過するときには、層積雲や層雲が発生することが多く、太陽が隠れて曇り空になることが多いです。
  3. 移動速度:寒冷前線と比べて温暖前線は、移動速度が遅いです。そのため降雨や雲の影響を長く受けやすいです。気象条件や地形などによって異なりますが、一般的には時速20キロメートル前後で移動するとされています。
  4. 気温の変化:温暖前線が通過すると、気温が上がる傾向にあります。前線通過前は、暑く感じることがあります。
  5. 風向きの変化:温暖前線が通過すると、風向きが変わる傾向があります。前線通過前は南寄りの風が吹いていた場合、前線通過後には西寄りの風が吹くことがあります。

以上が、温暖前線の主な特徴です。

寒冷前線(Cold Front)

寒冷前線は、寒い空気が暖かいを押す(又は、温かい空気の下に入り込む)ことによって形成される前線です。天気図では「青の実線」で記されます。寒冷前線の主な特徴は以下の通りです。

  1. 急激な気温変化:寒冷前線が通過すると、気温が急激に下がる傾向があります。前線通過前は暖かくても、前線通過後は寒くなることがあります。
  2. 雲の種類:寒冷前線が通過すると、積乱雲や雷雨が発生することが多く、激しい降水が予想されます。温暖前線は水平方向への雲の発達でしたが、寒冷前線では垂直方向に雲が発達しやすいです。(降水範囲は、数十キロ~100km程度)
  3. 移動速度:温暖前線と比べて寒冷前線は、移動速度が速いです。気象条件や地形などによって異なりますが、一般的には20~40km/h程度とされています。
  4. 風向きの変化:寒冷前線が通過すると、風向きが急に変わることがあります。前線通過前は南寄りの風が吹いていた場合、前線通過後には北風が吹くことがあります。
  5. 大気の不安定化:寒冷前線が通過すると、暖かい空気と寒い空気がぶつかり、大気が不安定になることがあります。このため、前線通過後には、風が強まったり、雷や竜巻などの発生が予想されることがあります。

以上が、寒冷前線の主な特徴です。

停滞前線(Stationary Front)

停滞前線は、「温暖前線」と「寒冷前線」の力が拮抗している状態です。天気図では「赤青交互の実線」で記されます。長く同じ場所に留まるので、停滞前線付近の降水量は多くなる傾向があります。

梅雨や秋雨などの長雨も停滞前線の影響のこの影響で、梅雨のように最大1ヶ月程度留まることもあります。ちなみに、梅雨の時期にできる停滞前線を「梅雨前線」と呼び、夏から秋に変わる頃にできる停滞前線を「秋雨前線」と呼びます。

風向きが前線同士を押し合うように吹いているので、前線通過前は真逆からの風になることがあります。

閉塞前線(Occluded Front)

先をゆく温暖前線に、比較的移動速度の速い寒冷前線が追いついた形で発生するのが閉塞前線です。天気図では、「紫の実線」で記されます。

閉塞前線はさらに「寒冷型閉塞前線(Cold Occlusion)」と「温暖型閉塞前線(Warm Occlusion)」に分けられます。

追いついた寒冷前線が、温暖前線より前にある寒気より温度が低い時は、「寒冷型閉塞前線」と呼ばれ、逆に暖かい時は「温暖型閉塞前線」と呼ばれます。

前線と航空安全

前線がもたらす航空機の運航上のリスク

前線がもたらす航空機の運航上のリスクは、以下のようなものがあるでしょう。

  1. 乱気流:前線近くは、空気の流れが不安定になり、乱気流が発生させることがあります。特に寒冷前線では、急激な気温の変化によって乱気流が強くなることがあります。乱気流によって、航空機は突然大きく揺れることがあり、乗客や機体に損傷を与える可能性があります。
  2. 濃霧や低雲:前線の通過によって、濃霧や低雲が発生することがあります。これによって、視程が低下し、航空機の運航に支障が生じる可能性があります。
  3. 激しい降雨や雷雨:前線が停滞している場合や、温暖前線の通過によって、降雨や視界不良が予想されます。滑走路上の視界の悪化、エンジンのトラブルなど、航空機の運航に多大な影響を与える可能性があります。
  4. 着氷:寒冷前線の通過によって、航空機に氷が付着することがあります。これによって、航空機の重量や空気抵抗が増大し、操縦性が低下する可能性があります。過去を振り返ってみても、着氷により墜落する事例が数多く見られます。
  5. 雷:雷雨が発生した場合、それほど可能性は高くありませんが、落雷によって航空機にダメージを与える可能性があります。また、雷によって通信機器が故障したり電波障害が発生することの方が可能性が高いです。前線が空港の近くにあると、パイロットたちは管制官にリクエストを出して、より安全と思われるルートに変更しようとします。その空港近くを航行する航空機がリクエストを出すので、ひっきりなしに無線が飛び交います。その際に、管制官からの指示が雷などの影響で、聞こえにくかったり、一部途切れてしまうなどして、より緊張感を高めてしまいます。

以上のようなリスクがあるため、航空機の運航においては、前線の移動方向や強さ、乱気流の有無などを正確に把握し、必要に応じて回避することが重要です。また、前線が通過した後に、機体の点検や整備が必要になることもあるでしょう。

パイロットが前線を回避するために必要な知識

パイロットが前線を回避するために必要な知識には、以下のようなものがあげられます。

  1. 前線の種類と特徴:前線の種類や性質についての知識は、前線が引き起こす気象現象を正確に予測するために必要不可欠です。例えば、暖かい前線は、膨大な降水量や長時間の雨を引き起こすことがあります。また、寒冷前線は、突風や急激な気温の変化をもたらすことがあります。
  2. 前線の移動速度:前線の移動速度を正確に把握することは、パイロットが前線を回避するために重要な要素です。前線が停滞している場合は、前線上に乱気流が発生する可能性があるため、速やかな回避が必要です。
  3. 気象レーダーの解釈:気象レーダーの解釈は、前線の位置や強度を正確に把握するために必要です。パイロットは、気象レーダーで前線を検出した場合は、速やかに判断し、適切な回避策を講じる必要があります。
  4. 前線が引き起こす乱気流の特徴:前線は、空気の流れが不安定になり、乱気流が発生することがあります。パイロットは、前線上空を飛行する際には、前線が引き起こす乱気流の特徴について知っておく必要があります。「ダウンバースト」や「マイクロバースト」がショートファイナルで発生した場合は、すぐさま回避操作しなければ地面にたたきつけられてしまいます。そのため、事前に「Go Around」の手順などを頭に叩き込んでおかなければならないでしょう。
  5. 情報収集の方法:前線を回避するためには、正確な情報収集が欠かせません。パイロットは、航空管制官や気象予報士などから情報を収集するとともに、航空機に搭載された気象情報システムなどを活用して、常に最新の情報を把握するように心がける必要があります。旅客機の先端には、レドームというレーダーを搭載している機体が多いです。パイロットは、この角度(チルト)や範囲(レンジ)など調整して絶えず雨雲の位置を把握しています。

以上のような知識を持つことで、パイロットは前線を正確に予測し、回避するための適切な判断、そのための準備をすることが出来ます。

前線が近づく際の対処法

前線が近づく際の対処法としては、以下のようなものがあります。

  1. 気象情報の確認:航空機の運航を行う前に、気象情報を確認し、前線の位置や強度、移動速度などを把握することが重要です。
  2. ルートの変更:前線が予想されるルートを避けることができる場合は、ルートの変更を検討することが重要です。
  3. 飛行高度の変更:乱気流の影響を受けやすい高度を避け、安定した高度に変更することが考えられます。
  4. 飛行速度の調整:乱気流による揺れを緩和するために、スピードを調整することができます。
  5. ATCとの連絡:前線が近づく際には、ATC(航空管制官)との連絡を密にし、最新の情報を収集することが重要です。その他、PIREPなど利用できる情報を収集する努力をします。
  6. 機内アナウンス:航空機内で乱気流が予想される場合には、乗客に対して機内アナウンスを行い、安全な姿勢をとるように案内することが重要です。シートベルトサイン消灯時に機体が揺れて万が一ケガをすると、責任問題などに発展することがあります。
  7. 機体の整備:前線が通過した後は、航空機の点検や整備を行い、損傷があった場合には修理することが必要です。強風で色々なものが飛散して、機体にダメージを与えている可能性があります。

これらの対処法を適宜実践することで、前線による航空機の運航上のリスクを最小限に抑えることができます。

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