【航空機事故】ガルーダ・インドネシア航空865便オーバーラン事故

出典:Ken Fielding

概要

  • 日付:1996年6月13日
  • 航空会社:ガルーダ航空
  • 使用機材:DC-10-30(機番:PK-GIE)
  • 乗員:15名
    • 機長:38歳男性
    • 副操縦士:31歳男性
    • 航空機関士:34歳男性
  • 乗客:260名
  • 犠牲者:3名(負傷者:18名)
  • 出発地(事故現場):福岡空港(RWY 16/34 長さ:2,800m)
  • 目的地:ングラ・ライ国際空港(旧:バリ国際空港)

ガルーダ・インドネシア航空865便は、福岡空港を出発して、バリ国際空港へ向かう予定でした。

機長と副操縦士は、通常通りブリーフィングを受けて離陸の準備を進めていました。

Takeoff Data Cardに記載されていた情報は以下のとおりです。

  • 離陸重量:211.3t
  • 燃料搭載量:62,000kg
  • V1:149kt (RWY Condition – Dry)
  • Vr:157kt
  • V2:171kt
  • エンジンN1:113.6%
  • フラップ:9°
  • スタビライザ・トリム:5.5°

11:55分ごろ、プッシュバックの管制承認をもらいエンジンを、No.2, No3, No.1の順番で始動しました。

その後タクシングの許可もとり、RWY16に向いタクシシングを行い、12:01分頃にATCに「Hold Short of RWY16」を言い渡されました。

12:05分ごろ、滑走路への侵入が認められ、「Before Take-off Check」を行いました。

12:06分ごろ、離陸許可が発出され、この時の風は「Wind 280/7」と右、後方からの追い風で離陸開始しました。

12:07:03秒ごろ、各エンジンのN1も上昇し113%程度で安定しました。

12:07:16秒ごろと、12:07:25秒ごろ、にAP No.1あOffになってしまいました。

12:07:26秒ごろ、「One Hundred.」コールを副操縦士が行い、

12:07:27秒ごろ、AP No.2をエンゲージし、

12:07:38秒ごろ、「V1」コールを副操縦士が行いました。

この頃、N1は依然として113%で落ち着きを見せ、機長は離陸のため機首を上げ始めました。

12:07:40秒ごろ、機速はCAS158.0ktになっており、「Rotate.」コールを副操縦士が行い、

12:07:43秒ごろ、No.3エンジンのN1が、53.3%まで低下しており、ピッチ角は11.4°。

12:07:44秒ごろ、電波高度計は9.0ftを示しており、機長は離陸して空中に浮いているにもかかわらず、離陸中止を行い、再度滑走路に着陸して止まろうと試みました。

エレベーター角度は機首上げ方向に6.1°だったのが、12:07:47秒頃には、機首下げ15.5°とインプットされていました。

12:07:45秒ごろ、航空機関士が「Engine failure number one.」とコールしました。

12:07:47秒ごろ、No.3エンジンのN1が、23.7%まで低下し、ピッチは-0.9°とほぼ水平に戻されました。

速度は、CAS172.0ktまで加速しており、その後減速をみせました。

12:07:49秒ごろ、スラストリバーサーが「STOWED」→「UNLOCK」→「DEPLOYED」と変化をし、RWY34側の末端から約620mオーバーランをして、

12:08分ごろ、停止し炎上しました。

機長の証言

機長は、副操縦士の「V1」「Rotate」コールを聞いたと証言しています。

その時、いつもと違う何かを感じ取っており、Pitch Up 10°にしてもいつものように機体が

浮かび上がらず、その時に突然速度が3〜6kt減少したので、無意識に機首を下げたとように思うと証言しています。

「Dun」という音が聞こえ、このまま離陸を継続すれば、周囲の障害物や建物にぶつかると考え、離陸中止を決断し、機首を下げ、フル・ブレーキを踏み、フル・リバースをかけたそうです。

機長は、機体は浮揚したとしてもほんの少しであったであろうと思っており、もし完全に機体が浮揚していたら、離陸を継続していただろうとしています。

航空機関士の「Engine Failure Number One」コールは聞いていないと証言しており、滑走路を右に逸れたのは、前方にアプローチライトの支柱と小さい建物が見えたので、方向舵操作で右に行ったそうです。

副操縦士の証言

「エンジンスタートから離陸推力にするまで、エンジンは通常通りで、全てノーマルだった。自分は、『Eighty.』、『One hundred.』、『V one』のコールを行い、『V1』コール直後、航空機関士が『Engine failure』のコールをした。機長が『Stop.』とコールし、『Hold brake.』とコールしたので、自分も一緒にブレーキを踏んだ。」と証言しています。

航空機関士の証言

「離陸滑走中のエンジン計器は、ノーマルで、スロットル・レバーの位置も、3本ともほぼ一致していた。副操縦士の『Eighty.』コールで、エンジン計器を確認したが、ノーマルであった。『Onhe hundred.』のコールがあったか、覚えていない。V1コール直後にNo.3エンジンのN1, N2, EGTが低下したので、『Engine failure』とコールし、直後に『Number three』とコールするつもりが、『Number one』とコールしてしまった。その直後、機長が『Unable control.』とコールした。前を見ると、機長は両手で操縦桿を持っていた。機体のピッチ角は、前の景色が見えなかったので、相当上がっていた。機長は、『Emergency stop』とコールし、機種を下げ、スロットル・レバーをアイドルにし、スラスト・リバーサを三本とも作動させた。」

クルー・コーディネーション

離陸中、クルー・コーディネーションが十分に取られていなかった事が判明しました。

ボイスレコーダーによると、

①離陸開始時、機長は「Take Off」のコールをしなければならないところをしておらず、

②オートパイロットをCWSモードにする時「Set CWS 1 or 2」とコマンドし、エンゲージ後副操縦士が「CWS 1 or 2 Set」のコールが必要ですが、どちらもコールされておらず、オートパイロットがOffになった時も、「Autopilot Off」のコールが必要ですがされていませんでした。コールなしに、何度かOnにしたり、Offになったりを繰り返しました。

③離陸中断は、機長が「Stop」のコールで開始するとなっているが、CVRには記録されていませんでした。

④エンジン故障のコールとして「Engine Failure」とコールするとなっているが、航空機関士は、No.3エンジンをNo.1と誤って「Engine failure number one」とコールしてしまいました。

このように、いくつも必要なコールが抜けてしまったり、間違ったコールをしてしまっておりました。

事故原因

ガルーダ・インドネシア航空のAOM及びBOMによれば、V1以降の離陸中断はしないとなっていましたが、機長はV1を15ノットも速い速度で離陸中断を決意してしまいました。

よって、機長のエンジン故障の際の状況判断が的確でなかった事が原因と推定されました。

まとめ

V1という速度は、「Go」か「Stop」かの分かれ目になります。

V1で「Stop」するのであれば、V1よりも少し早めに判断して、V1の速度でスラストをアイドルに戻すなど離陸中断のための行動が取れないといけません。

しかし、機長はV1を15ノットもオーバーして離陸中断を決断しただけでなく、機体は約9フィートも浮かび上がっていました。

人間は無意識のうちに、地に足がついた方が安心する生き物であるという象徴的な事故であると言えるでしょう。

福岡空港の地形も、RWY34側から離陸すると、すぐに日本海が開けていますが、RWY16側だと滑走路の延長線は九州の内陸に向かっていますし、3つの山地(福智山地、古処山地、三郡山地)に囲まれています。

機体がいつものように上昇しなかったり、飛行速度が落ちたり、エンジ出力が低下してしまったら、山や建物に高速で衝突してしまいそうな感覚になる事でしょう。

しかし、いくら滑走路に舞い戻ってきても残距離は限られています。

福岡空港の滑走路長は2,800mしかありません。

いかに、離陸のとっさの判断が難しいかわかる事故ではないでしょうか。

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【参考文献】