離陸と着陸どちらが難しいと思いますか?
離陸と着陸はどちらが難しいか、よく聞かれる問いだと思います。
あなたなら、どちらを選びその理由を何て答えますか?
実際に操縦練習を始めた人ならわかると思いますが、離陸は意外とすんなり行けるけど、着陸の接地作業がなかなかコツが掴めないのではないでしょうか。
接地が十分に上達したとインストラクターに認められないと、ソロフライトに出してもらえません。
離陸はあっさりとできてしまうものかもしれませんが、突き詰めるととても奥が深いのが離陸だと思います。
今回は、パイロットは離陸と着陸のどちらが難しいと思っているのかや、RTOについてご紹介します。
離陸と着陸どちらが難しいの?
ボーイング747の機長である、杉江さんは離陸と着陸どちらが難しいかという質問に対して、著書の中でこう語っています。
技術的には着陸ですが、生死を決するという意味で離陸の方が遥かに難しいです
出典:機長が語るヒューマン・エラーの真実
と答えているそうです。
飛行機は一度上空に上がれば、地上では体験できないような複雑な動きをします。
上下左右前後に動きます。
それに速度変化もあり、さらに風の影響を受けながら、決められた範囲内に接地作業をしなければいけません。
接地点が奥に行けば、滑走路をオーバーランする可能性が高くなりますし、手前につけば車輪が滑走路手前の土手などで大破してしまうことでしょう。
そんな複雑な動きを、パイロットは両手両足を使って巧みな技術が求められます。
一方、離陸は地上滑走が大半で、離陸速度になれば操縦桿を引けばいいだけだと思いがちでしょう。
しかし、離陸時は燃料がたくさん搭載され、機体が重たいです。そして、その重たい機体を飛び立たせるために、エンジンが唸りをあげています。
旅客機はV1スピード(離陸決心速度)というものが決められており、それ以上の速度になった場合は離陸を継続します。
それ以下の場合は、離陸を中断します。このことをRTO(Rejected Take Off)と呼んでいます。
多くの旅客機は双発機以上で、この場合片方のエンジンだけが止まる事が想定されています。
2つのエンジン両方とも止まってしまっては、離陸を継続することは物理的に不可能だからです。
RTOをする確率
FAAが発表した、Takeoff Safety Training Aidによると、飛行機がRTOをする確率は、3,000回に1回です。
1990年までの統計情報ですが、
- 離陸回数:230,000,000件
- RTO:76,000件
- RTOオーバーラン:74件
だったそうです。
国内線を担当するパイロットが、だいたい月80回離陸をするとなると、約3年に1度はRTOが発生する計算になります。
この計算結果は、思ったより確率が高かったのではないでしょうか?
しかし、実際には1回もRTOを経験しないで引退するパイロットも多いです。
パイロットは、厳しい訓練を受け、何度もRTOの訓練や試験を行なっています。
両エンジンが高出力時に、片方だけ止まってしまうと止まった方のエンジン側に機体が流されそうになります。
さらに、離陸時に風が真正面から吹いているとは限りません。
もし、風上側のエンジンが止まったら、風見効果もあり機体はすぐに滑走路から飛び出してしまおうとします。
より、素早い的確な反応が求められるのです。
厳しい訓練の弊害
先ほど触れたようにパイロットは、厳しい訓練や試験を1年に2回以上行って技量維持をしています。
この訓練項目の中に、RTOも必ず含まれています。
この統計結果では、80ノット以下でのRTOが76%と断トツに多いです。
なので、訓練でも100ノット程度までにエンジンが壊れる設定が多い気がします。
A320やB737などのV1スピードは130〜140ノット程度です。
本当にRTOの判断に時間的余裕がないのは、上図の一番右側にある120ノット以上の速度の時です。
パイロットの訓練プログラムは、地上滑走中にエンジンが壊れてRTOをするか、リフトオフした後にエンジンが壊れ、片発での飛行に移るというシナリオが多いです。
なので、パイロットは何度も地上でトラブルが起きたら、RTOをすると体が覚えてしまっています。
また、人間は地に足をつけておいた方が安心する動物です。
エンジンが壊れたまま上空に飛び立つのではなく、地上にいた方が安全と考えがちです。
なので、V1を過ぎても離陸滑走を中断して地上に居座ろうとしてRTO操作を行い、滑走路内で止まりきれずオーバーラン事故を起こしてしまうのです。
杉江さんは、次のようにも語っています。
ボーイング社で行った実験でもう一つ注目すべき結果がある。離陸滑走中のエンジン故障で、機長が離陸を継続した場合、墜落や事故に至ったケースが皆無だったことだ。これは特筆されるべき事実である。
出典:機長が語るヒューマン・エラーの真実
人間の心理でV1以降でもRTOを行い地上から離れまいとすると事故が発生し、思い切って決めた通り一度飛び立った方が安全に帰ってこられるということです。
1996年に、ガルーダ・インドネシア航空865便が、福岡空港から離陸中、一度わずかに離陸したにもかかわらず離陸を中止し、オーバーランをしてしまい3名の犠牲者が出る大惨事となりました。
このように、いかに頭ではV1以降のRTOをしてはいけないとわかっていても、とっさな出来事でRTOを行なってしまう怖さがあるのです。
まとめ
エンジンなどのトラブルでRTOをする確率は、思ったより高かったのではないでしょうか。
滑走路が十分に長ければどこまで加速しても止まる事ができるでしょう。
しかし、日本で一番長い滑走路は、関空や成田空港にある4,000mです。
ちなみに福岡空港は、2,800m程度しかありません。
人間は地に足をつけたがる生き物であること認識しておくことで、V1を過ぎてからのRTOをする操縦士が減るのではないでしょうか。
ちなみに、NASAのレポートによると、RTOの原因の第1位は34%で「タイヤ/タイヤホイールの不具合」、第2位は23%で「エンジン故障」だそうです。
【参考文献】
- 機長が語るヒューマン・エラーの真実
- Takeoff Safety Training Aid|FAA
- Analysis of Convair 990 Rejected-Takeoff Accident With Emphasis on Decision Making, Training, and Procedures |NASA
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